名古屋からの便り『有松再生プロジェクト』


トヨダヤスシ建築設計事務所 豊田と申します。前回のお便りは2019年の冬でしたので2年ぶりのお便りとなります。

今回のお便りは、名古屋市の有松という伝統的な建物が残る地域に建てた住まいを紹介します。この住まいは、有松の町並みに寄与したいという住まい手の思いから、「有松再生プロジェクト」と名付けました。

私が、この土地に訪れたのは、2015年の11月。いくつもの壁にぶち当たったものの、2018年末、伝建審議会と有松町並み相談会での協議を経て、有松再生プロジェクトを着手することができました。

写真1)元々建っていた建物。

写真2)竣工後

切妻平入、桟瓦葺き、瓦のカマボコ、下見板張り、ケラバ木現など、伝統的意匠を守りつつ、耐震等級2、断熱等級4、省エネ等級5、外皮平均熱貫流率UA値0.54の性能を確保しました。古くから残る街並みにあわせると、性能設計ができないような風潮もあるのですが、やってみれば、それなりにできるものです。

写真3)インターンの学生さんがつくってくれたファサードの模型。

隣家は、ご覧の通り立派な伝統建築です。その間に建てるということもあり、従前の建物の規模を踏襲しつつ、コの字型平面とすることにより屋根を分節し、周囲の建物の高さを超えないように配慮しました。

写真4)隣家も含めた全体模型。

敷地は、真南から45度傾いていたため、集熱は、南西方向から最大限取り込めるように検討しています。夕方以降に集熱量が多いことを踏まえて、集熱が多い部屋に土を塗り蓄熱性能を発揮させました。

図1)春分頃3/20、14:30の日射取得範囲

夏至は、太陽高度が一番高い時なので、この図以降は日差しが入り込みます。敷地が45度振っているため、袖壁や庇を設けて遮蔽措置を行い、隣家へのプライバシーも考慮し最終的に窓の位置や軒庇の出が決まりました。

図2)夏至頃6/20、14:30の日射取得範囲

秋から冬にかけては、日射取得が多くなります。壁は、土壁なので、直射が当たり蓄熱します。

図3)秋分頃9/20、14:30頃の日射取得範囲

冬至は、建物奥のダイニングテーブルぐらいまで日射取得があることをシミュレーションで確認しています。

図4)冬至頃12/20、14:30頃の日射取得範囲

名古屋市の最寒日の前後3日間の外気温を元に、室温がどのくらいになるのかシミュレーションしました。本建物は、Q値1.8W/㎡K、熱容量130KJ/㎡Kです。その他、Q値と熱容量を上下させて、4種類の建物の性能値を比較しています。結果は、熱容量が大きいと、温度差が小さくなるので、土壁効果が発揮できています。

図5)蓄熱を考慮した室温シミュレーション

集熱を確保するLDKの開口は、全面開口とし、メーカー製の木製建具を使用しています。正面の壁は、土壁です。

写真5)リビングの日射取得の様子

土壁は、木小舞下地です。木と木の隙間は約21mmあいています。見た目は、木摺ですが、木摺と説明してしまうと、木と木の隙間を6mmぐらいとして仕上られてしまうので、木小舞という呼び名にしています。写真を見てもわかるように木小舞が張られた瞬間が一番綺麗かもしれません。木小舞背面は、塞がっているように見えますが、雨養生のため仮止めをしています。土壁が乾燥した後、羊毛断熱材を充填し、面材で塞ぎます。

写真6)木小舞完成、この上から土を塗ります。

荒土塗りです。今回は、名古屋という土地柄もあり、工務店さんの左官屋さんにお願いしました。発酵させた豊田の荒土を使われています。

写真7)荒土塗り完成

荒土塗り、中塗りと終わり、次は仕上です。左官屋さんの作業場へ見学に行った際、置いてあったサンプルをみて、LDKの壁は、豊田土半田なできり仕上に決まりました!半田は、土と石灰を半分ずつ混ぜあわせることから、半田と言われています。今回は、豊田土にヒダシスサと石灰、砂を混ぜてつくっています。

写真8)現場で半田を調合する様子

こちらが練りあがった半田です。若干、水気が多いように思いましたが、仕上がりはどうでしょうか。

写真9)豊田土の半田

半田を天井に塗ります。土を天井に塗れるのか?すぐに剥がれてくるのでは?と心配になる方もいますが、問題ありません。石膏ボードに白い下塗材を塗り、半田を塗ります。

写真10)半田を天井に塗っている所

半田が乾燥し仕上がりました。光をあてるとその質感が浮かび上がります。クロスやペンキでは出せない表情です。土を手仕事で仕上げるってやっぱりいいですね。

写真11)豊田土半田なできり仕上が完成

豊田土半田なできり仕上のアップ写真は、グレーっぽい色目ですが、遠目で見ると、茶色系です。木部の色目と調和が取れて、とても穏やかです。

写真12)キッチンからリビングダイニングを見ています。

こちらは、洗面室です。奥に洗濯室とサンルームがあります。サンルームは断熱・防湿区画を行い、トップライトを設けてパッシブゾーンとしました。

写真13)洗面室から、洗濯室とサンルームへつながる。

サンルームは、トップライトがあるので集熱量が多く、温度・湿度の変動が大きくなるため、その変動効果を利用し、冬期の熱と水蒸気を室内に取り込みます。正面小窓の左手にセンサー付きの換気装置を設けて、熱と水蒸気を室内の寝室へ配り、室温上昇と加湿を試みます。

写真14)サンルームとトップライト

ある一定の温度になると換気扇が動きだし、この吹き出し口から熱と水蒸気が室内へ排出されます。日中の不在時に寝室の土壁に蓄熱・蓄湿してくれる計画です。私はこれを土パッシブ暖房と呼んでいます。簡易的なものなので、やんわり効いてくれればいいなと思っています。

写真15)土パッシブ暖房吹き出し口

次にお庭です。コの字型の平面計画ですので、庭師さんに中庭をしつらえてもらいました。庭師さんのデザインセンスを知っていたので、私はほとんど口出しせず、全てお任せしました。苔をお願いしますと伝えたぐらいです。

写真16)中庭に、樹木を植えたところ。

中庭の完成です。高木は、全て紅葉です。庭石の周辺に杉苔が植えられています。周囲は排水のため瓦の上下に砂利敷。見事な中庭に仕上がりました。素晴らしい。

写真17)紅葉と杉苔の中庭の完成

ファサードです。左手格子戸の奥に車庫があります。格子は、オーバースライドドアになっているので、入出庫時は、格子が自動で跳ね上がります。

写真18)車庫のオーバースライドドアは必見。

開閉動画は、よければ、YOUTUBEをご覧ください。

最後に。
とりとめもなく紹介しましたが、2020年3月に無事竣工することができました。まさか、4年半もの間、この有松の地に係ることになるとは思いもせず、正直なところ、最後まで何か起きるんじゃないかと、ドキドキしていたのですが、最後はスッキリして終えることができました。
有松再生プロジェクトでは、設計の依頼をしてくださった住まい手に感謝すると共に、この仕事に携わっていただけた工務店さんや協力業者さんのおかげで見事な出来栄えとなりました。ありがとうございました。(終)


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豊田保之/トヨダヤスシ建築設計事務所代表

1974年京都生まれ。瀬戸本淳建築研究室、Ms建築設計事務所を経て、2005年トヨダヤスシ建築設計事務所開設。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。京都芸術大学・大学院非常勤講師。一般社団法人住宅医協会理事。代々続く左官職人の家に生まれた経歴から、土壁や漆喰など伝統素材を使いつつ、風と太陽と土の力を活かす住まいづくりを実践している。

「有松再生プロジェクト」で、令和2年度第28回愛知まちなみ建築賞・受賞、同年度第52回中部建築賞住宅部門・入選。その他、令和元年度京都景観賞 京町家部門 市長賞受賞、令和元年度紀州材ベストユーザー賞-大賞受賞、「第5回サスティナブル住宅賞・国土交通大臣賞〔新築部門〕も受賞している。

トヨダヤスシ建築設計事務所HP

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