京都からの便りvol.5 『土壁と気候風土適応住宅』


トヨダヤスシ建築設計事務所 豊田と申します。今年の便りは、土壁と気候風土適応住宅について少し触れてみたいと思います。

まずは、この建物ご存知でしょうか?そう、神戸市北区に建つ箱木千年家です。

写真1:箱木千年家。茅葺き屋根に、壁は土壁

民家好きや土壁好きとしては、たまらない建物なのですが、この箱木千年家と同等の住宅を新しく別の土地に建てたいと思っても、昨今のエネルギー施策もあり、新たに建てることができなくなる可能性がありました。

実は、この問題は、箱木千年家だけはなく、我が国で作られてきた伝統的な建物にも該当し、特に、土壁だけでできた建物は、非常に厳しい立ち位置にありました。土壁は、熱伝導率が0.69w/m・K程度であるため、土壁だけで平成28年の省エネルギー基準(壁:熱貫流率0.53W/㎡・K)をクリアしようと思うと、1150mm厚程度の土壁にしないといけないことになり、土だけで性能を確保するのは非現実的でした。

図1:土壁の厚みを厚くした場合の熱貫流率の比較

内外真壁の土壁は、土を厚く塗って90mm程度にしたとしても、熱貫流率は3.0W/㎡・K程度で、ペアガラスの窓と同じぐらいの性能です。

図2:内外真壁の土壁と窓の熱貫流率の比較

そんな中、昨年の3月に「気候風土適応住宅の認定のガイドライン」が国交省から所管行政庁へ周知されたことから、気候風土適応住宅の認定(以下、「気候風土認定」とする)を取得すれば、昔ながらの土壁の家も省エネルギー基準をクリアできる道が示されました。

簡単に説明すると、「外皮性能は向上させなくても大丈夫だけど、エネルギーの基準は守りましょう!」という申請ルートが新たにできたわけです。

図3:外皮性能3つと、一次エネルギー消費量を評価する

気候風土認定を取得することで、外皮基準は適用されず、一次エネルギー消費量基準は緩和されることになり、ほっと胸をなでおろしたいところですが、そうは問屋が卸しません。

気候風土認定を取るためには、一般的な住宅と同様に、必ず、外皮性能と一次エネルギー消費量の計算をする必要があります。計算が苦手な方や職人さんには、なかなかのハードルですが、この計算を行うだけで、これまで通りの住宅をつくれる可能性があるのですから、なんとかしてやり遂げるしかありません。

図4:UA=9.0W/㎡Kの場合のエネルギー消費性能計算プログラム(気候風土適応住宅版)の結果

外皮性能の計算は、通常のルール通り計算を行いますが、一次エネルギー消費量は「エネルギー消費性能計算プログラム(気候風土適応住宅版)」(以下、「気候風土適応住宅版」とする)を使用し計算を行います。

気候風土適応住宅版は、外皮性能がどんなに悪くても、暖房エネルギー基準値が設計値に近くなるようなプログラムになっています。(「居室のみを暖房する」の場合)また、暖房を「採用しない」に設定すれば、基準値=設計値となり一次エネルギー消費性能がクリアしやすくなります。これら暖房基準値の緩和が気候風土適応住宅版の最大の特徴となっています。

さて、計算さえできればあとは、所管行政庁がきめる策定ルールに適合させるだけですが、ここが一番のハードルかもしれません。現段階で、策定ルールが決まり運用しつつあるのは、1~2の所管行政庁だけだと聞きます。残りの所管行政庁は、動いているところもありますが、まだ何も決まっていないところが大半のようです。

所管行政庁が、気候風土認定の判断をするにあたり、図5が示されていますが、中でも、土壁は、「外皮基準に適合させることが困難と想定される要素の例」として、1)土塗壁(外壁両側を真壁としたもの、2)外壁片側を真壁としたもの、3)土蔵造りのもの)の3種が挙げられています。

図5:気候風土適応住宅の判断にあたっての考え方(上)と外皮基準に適合させることが困難と想定される要素の例(下)
出典:所管行政庁が地域の気候及び風土に応じた住宅であることにより外皮基準に適合させることが困難であると認める際の判断について(技術的助言)国住建環第65号、平成28年3月31日より

 

ここで、気候風土認定の判断にあたり、一例をあげてみたいと思います。

この建物は、私が設計をした住宅です。木小舞土壁、聚楽、瓦、国産材、木製建具、畳、障子戸など伝統的な素材をたくさん使っていますが、外壁は大壁で、基礎は一般的なコンクリートベタ基礎です。はたして、この住宅は、気候風土認定を取得できるのでしょうか?

写真2、南禅寺の家

もし、「建物全てが伝統構法で作られている」、または、「石場建て」が必須といったルールになると、この建物は気候風土認定を取得できません。土壁は使っていますが、外部を大壁にしているので、断熱材の充填は可能です。もし、外部が大壁で断熱材が充填できそうな住宅は、気候風土認定を取得できないというルールになると、先程と同様に認定を取得できません。こういったように、0か100かによって、この策定ルールが決められてしまうと、せっかくの気候風土認定も活かされないで終わってしまう可能性があります。

そんな中、私は、熊本の古川保さんが提案されている配点方式の気候風土認定にとても興味を持ちました。気候風土要素をリスト化し配点化することで「内外真壁の土壁があれば+○○点、瓦があれば+○○点、計○○点以上であれば気候風土認定取得」とでき、地域の気候風土要素のバランスを保つことができると感じました。かつ、私案ですが、CASBEE伝統やCASBEE気候風土住宅といった行政でも使いやすいCASBEE評価ツールを新たにつくり、所管行政庁で配点を決めて運用するという案もあるのかと思いました。CASBEE京都のように、CASBEE○○といった所管行政庁独自基準のCASBEEをつくるのも良さそうです。

図6:CASBEE伝統やCASBEE気候風土住宅の案

省エネルギー基準が義務化になると言われている2020年まであと2年。気候風土適応住宅版が完成したことで、伝統的な建物や地域にこれまで根付いてきた住宅は、これまで通り建築することができそうです。あとは、特定行政庁の策定ルール次第。今年は、色々な動きがありそうです。

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toyoda_1 豊田保之/トヨダヤスシ建築設計事務所代表

1974年京都生まれ。瀬戸本淳建築研究室、Ms建築設計事務所を経て、2005年トヨダヤスシ建築設計事務所開設。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。京都造形芸術大学大学院非常勤講師。一般社団法人住宅医協会理事。代々続く左官職人の家に生まれた経歴から、土壁や漆喰など左官職を生かした家づくりを行っている。

「南禅寺の家」では、(財)建築環境・省エネルギー機構主催「第5回サスティナブル住宅賞」において「国土交通大臣賞〔新築部門〕」の他、第9回木の建築賞 木の住宅賞、第7回地域住宅計画賞 地域住宅計画奨励賞も受賞している。

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