神山町からの便り Vol.1


『徳島県神山町 大埜地集合住宅』について

徳島市から西へ車で約1時間、いわゆる中山間地域に神山町というところがあります。最近は若者の移住希望者が増えていることでも話題になっている町です。

神山町の風景

私は、その町の町営の集合住宅の計画、設計チームの一員として関わらせていただきました。2016年の夏前から設計が始まり、着工が2017年、2021年3月に竣工した、約5年に及ぶプロジェクトです。

木造二階建て二戸一、三戸一の住宅棟を8棟、木造平屋のコモンハウスが1棟、各住戸に熱を供給するプラント設備を格納するエネルギー棟という構成で、一つの大きな建築物ではなく、分散型の配置になります。

集合住宅の全景

神山町では、現地のNPOが20年近く前から町を元気にする事業を各種展開してきたなどの経緯があります。現在でも人口は減っていく、いわゆる過疎地域ではありますが、筋肉質な地域づくりをしよう、町を将来世代にきちんと繋いでいこう、という気運がありました。

そうした中で、移住希望需要の顕在化、これからのまちの住まいをどうしていこう?という関心ごとなどがあるなか、町営の集合住宅を作ることが提起されたということです。

ひとがその町に暮らしていきたい気持ちになるには、その町によい人との関係性、よい住まい、よい教育があることだ、という言葉をこのプロジェクトを通じて度々聞きました。

この共同住宅も単に人が住める「箱」を作るのではなく、住んでいてさまざまな可能性が広がるようなものにしよう、という目標像を関係者が皆で共有し、計画、設計をスタートしています。

今回のプロジェクトにおける設計チームはランドスケープデザイナー、建築設計者の混合チームによる協働です。単なる「箱+庭」という小さくまとまった場ではなく、この集合住宅が、周りの風景とどう繋がっていくか、住人同士の関係性をどう下支えするか、地域の資源、地域の職人さんとどういう関係性を築いていくか、ということを設計においては念頭にしています。

今回協働させていただいた、ランドスケープデザイナーの田瀬理夫さんが「”住宅集合”ではなく、”集合住宅”を作る」という趣旨のことを言われていたのをよく覚えています。

また、設計チームの体制づくりで、面白い試みをしたのは、若手の設計スタッフ数名をこのプロジェクトのために公募したことです。

設計が終わり、監理の段階になったら、現地に常駐することが条件でした。いわゆる町との関係人口を増やす意図もありましたが、集合住宅づくりを通じて、その周りのさまざまな関係性を築くハブ役を担うことが期待されたのです。

この集合住宅の計画においては、さまざまなテーマが設定されました。

  • 子育て世代の住環境創出、子どもの居場所づくり
  • 住宅地内、町内の住民同士の自然な出合い、関係性が生まれる場づくり
  • 持続性の高い地域の工務店、建設業の環境づくり
  • 環境共生的な住まい
  • 地域の資源、素材の再利用
  • 鮎喰川(建設地のすぐ脇に流れる町の背骨的な川)との関係性を大事にする

住人の関係性づくり、子供の居場所づくり

この集合住宅計画の中で、特徴的なのは、各世帯の住居とは別に、住宅地の中にコモンハウス(木造平家 約146㎡)を備えていることです。住宅地の中では、鮎喰川に沿った場所に立地し、川というコモンスペースと一体となったような場所と風景を構成しています。
従来、人々は川に向かって暮らしを営んできました。それがいつしか、排水を流す処理の場となり、まだ清流の名残をもつこの鮎喰川にも徐々に視線が向かなくなっている状況があります。

そこで、この計画では、川沿いを「鮎喰川コモン」と称して、川の流域をパブリックアクセスができる場所にしよう、ということにしました。このコモンハウスもそうした場所の一角に配置されたわけです。

コモンハウス外観

このコモンハウスは集合住宅の住人専用、ということではなく、地域の住民も寄れることが可能な仕組みにしています。多様な住人との関係しろが生まれることを期待してのことです。

コモンハウスの中は、大きく分けて畳の小上がりがある空間と、テーブル/椅子が置いてある図書室/自習室的なしつらいの空間の二つです。

コモンハウス内観

コモンハウス内観

小上がりの方は、主に、小さなお子さんを抱える住人の方々が利用しているようです。また、自習室の方は、学校帰りの子供たちが立ち寄り、まさに宿題をしたり、友達と遊んだりしています。
こうした中山間地域では、学校が終わると、スクールバスなどで自宅に真っ直ぐに帰宅し、意外と友達との放課後の交流の機会が多くないと聞きました。このコモンハウスには、子供たちに読んで欲しい本や絵本などを備えることも行い、子供たちの家や学校以外での居場所をつくっています。

コモンハウスの書架

 

町の職人さんたちでつくる、町の素材でつくる

神山町は土地の8割以上が森林に覆われています。その資源を積極的に活用した建築づくりを今一度掘り下げることで、建築づくりの可能性を広げる、と同時に地産地消の環境に配慮した住まい作りが実現できないか、ということが大きなテーマになりました。

山から切り出された杉、檜の原木を地元の製材屋さんが挽き、その材を設計内容にしたがってまずは町が購入する。伐採時期が限られていたり、無垢の材は乾燥期間が必要なため、必ずしも、行政の年度会計になじまないことから、材の調達から家づくりまでを2年がかりで丁寧に行なっています。これを機会に、町では町産材認証ガイドラインを策定しています。

また、大工職人さんたちに腕を振るってもらうことと同時に、町の中で加工をすることにより町外へ費用が出ていかない、ということも意識してプレカットではなく、手仕事を重要視しました。
また、環境配慮型の仕組みを備える住まいにしていますが、そうした新しい技術に触れる機会ともなりました。
そうして、建設業が単なる請負業、ということからもう一歩広がり、これからの時代に大事な「価値」を創造して行く生業になることにつながるとよいな、と思います。
また、この建設で使われた地域の素材は木材だけではありません。地域の土、石、杉皮などが建築以外にも外構含め、随所に多用されています。

住戸棟外観 敷地内に高低差をつくり、街並みに変化が生まれた。

また、この敷地にはかつて鉄筋コンクリート造の地元の中学校の学生寮が建っていました。構造的に再利用が困難ということでそれを解体し、この集合住宅を建設することになったわけですが、通常なら解体されたものは廃棄物として処理されるところを今回はそれを敷地内で細く砕く処理をし、敷地の地盤の基盤整備に全て再利用しました。この時の解体ガラは外構のしつらいにも使用されています。

寮で使われていた、自転車置き場や、寮の看板なども丁寧に修理し、再びこの集合住宅の中で活躍しています。

敷地内で出た解体ガラを外構のしつらえに積極的に活用した。

集合住宅地の中での関係性

今回の計画では、住宅棟は8棟を3列に配置しました。全ての住戸から周辺の山々への風景の見え方、川への向き合い方などが吟味され、ランドスケープが計画されています。

都会の狭小な住宅地では一般的には南側に建築が開け、北側はなんとなく「裏」的な雰囲気になって設備類が仕方なく配置されるような計画が多いのですが、ここでは、建物周囲全部が住人たちにとってのパブリックである、という認識のもと、「裏」を作らない、ということが意識されました。

住宅棟外観

神山町の伝統的な家屋に特徴がある「大蓋(おおぶた)」=「おぶた」という建物を囲む半外部の下屋根構造に着目し、この住宅の北側にも大きな下屋根を仕立てています。

神山町の伝統的な設え「オブタ」。大きな軒下空間が外と内をつなぐ。

そうすることで、その下に居場所を作り、南側と北側がともに住人たちが使える場所としています。しかも平面計画的に、南側と北側は室内の通り土間で結ばれていて、物理的に風通しがよい状況となっているのに加えて、建物周囲をぐるぐると巡ることができるようになっています。

土間から南側を望む

住宅地内の通路

各住戸には南側に大小の庭をしつらえ、簡単な家庭菜園も営めるようにしています。垣根をめぐらすことで、住人同士の程よい適度な距離感を形成することを意図しています。

また、その垣根に沿った植物は、地域植生を大事にしよう、ということで、地元の山に入り、そこから苗や種を採取してきて、育苗したものを植えています。その役割を担ったのは、地元の農業高校の高校生たちでした。

地域植生育苗

住人用の駐車場はまとめた場所に整備し、各住戸に付随した計画とはしませんでした。人と車の空間を分けることで、より人間主体の場所として生かすことを目指したわけです。

 

環境と共生する住まい

健やかな暮らしは健全で正直な建築において成立しやすいのではないか、と思います。今回の計画では、できるだけ環境に対する負荷が少ない住環境を作ることが一つの大きな目標でした。

できるだけ建物周囲の自然環境を生かし、あまり空調装置には頼らなくても済むような設計としています。そのために、気象観測装置を建設地の近くに設置し、風向、日射などのデータを取得し、参考にしながら設計をしています。

集合住宅全景

この場所は山間の場所なので、冬はそこそこ寒くなりその暖房対策が必要となります。建物の断熱性能はきちんと確保しているものの、できるだけパッシブデザインを意識し、南側の開口からの日射取得を考慮しています。

冬にその日射が届く床面はコンクリート平板を利用した土間となっていて、多様な暮らし方ができるよう仕立てていると同時に、日射熱の取得を意図しています。また積極的な仕組みとしては、屋根面(金属仕様)での日射取得熱を小さなファンで室内に送り込む仕組みも取り入れています。

夏場の日射コントロールには、建物の外部環境の仕立てもの大事になります。各住戸の前には大きく育つ落葉樹を植えました。いずれ育つと夏は日射を遮り、冬は日射を建物まで透過してくれる役割を担ってもらえるはずです。

建物の開口部の上には開口する欄間を、また屋根には天窓を設け、夏の夜間の通風、熱排気が十分できるよう配慮しています。

フラットプラン内観

また、一般的に住宅では年間で使われるエネルギーのうち給湯と暖房の合計が4から5割になりますが、そのエネルギーをガスや灯油のような外部からのものに頼るのではなく、地元の資源で賄おう、ということになりました。

エネルギーもいわゆる地産地消の木質資源です。
熱エネルギーを供給するプラント建屋を設け、その中に65kWのペレットボイラーを2基と蓄熱槽を備えていて、温水を作り、そこから地下配管で各住戸に温水熱供給をしています。
日本国内ではまだ少ない事例の一つとなります。

ペレット熱供給設備

また、もう一つ、環境への配慮というテーマで忘れてはならないのが「水」です。ここは特に、町の真ん中を通る鮎喰川という存在がありますから、水に対する意識をどうこれから取り戻して行くのか、ということが大事です。

この集合住宅では排水は一旦、合併処理式浄化槽にて浄化されます。通常であればそのまま環境中に放水されるわけですが、ここではその前に「浄化池」を設置し、そこで排水をさらに植物浄化した上で、放流しています。そうすることで過分な栄養素が川に流れ込むことを抑えると同時に、池が生物多様性の温床になることを意図しています。

各住戸の南側に大小の庭をしつらえ、簡単な家庭菜園も営めるようにした。

こうして、素材、エネルギー、水 いずれも環境との関係性の中で連続的にデザインを実現することを心がけています。

また、住人たちも建物の外側の世界に目を向ける、町に対する眼差しを育んでいく。

こうした住環境を整えて行くことで、総合的な環境価値が高まり、地域の風景が整っていくことにやがては繋がって行くのではないか、と思います。

この集合住宅はまだ竣工間もない状況ですが、高校生たちが植えた木々がこれから年月をかけて大きく育ち、やがて、神山の風景の一部になって行くことを楽しみにしています。

kinei_yamada 山田貴宏(やまだ たかひろ)

早稲田大学建築学科都市環境工学修了。清水建設、長谷川敬アトリエを経て、現在ビオフォルム環境デザイン室主宰。主に国産材と自然素材を中心とした、地産地消でかつ伝統的な木の家造りを中心とした建築/環境設計を行う。パーマカルチャーのデザイン手法・哲学を背景とした住環境づくりをめざす。建物とそれを取り巻く自然/コミュニティまで含めた幅広い環境と場づくりがテーマ。
著書:「畑ついているエコアパートをつくろう」(自然食通信社 共著)、「里山長屋をたのしむ」(学芸出版社)

◇山田貴宏 さん その他の記事一覧
・里山長屋からの便りvol.1『夏編』
・里山長屋からの便りvol.2『冬編』
・里山長屋からの便りvol.3『住まいの温熱環境を科学的に理解する時代』
里山長屋からの便りvol.4『あたたかな住まいのなかから考えた』
里山長屋からの便りVol.5『陸前高田市 施設「ペチカ」について』