奈良からの便りvol.1『ならやまの家 夏の便り』


 

トヨダヤスシ建築設計事務所 豊田です。今回で3期5回目となる便りは、奈良市左京に建つ「ならやまの家」を紹介します。

奈良といえば、一般的に思いつくのは「大仏」と「鹿」ではないでしょうか。先日も太陽がガンガン照る最中、奈良公園を散策してきました。奈良公園の鹿もバテたのか木陰でひと休みしています。

奈良公園の鹿も木陰でひと休み。

奈良公園の鹿も木陰でひと休み。

奈良公園には、外国の観光客がたくさんいらっしゃったので、もしかしたら、鹿せんべいを食べすぎてお腹が一杯で休憩していたのかもしれません。

ならやまの家が建つ奈良市左京は、京都と奈良の県境にあり「平城山」と呼ばれています。住宅地のほか、大手ハウスメーカーや銀行などの研究所が集まっている地域でもあります。この「平城山」は、「へいじょうざん」と読みそうですが、実は、これで「ならやま」と読みます

ならやまの家は、60代のご夫婦が住む住宅です。ご主人の伊藤吉郎さんは、ゼネコンからコンピュータ会社に転職され、定年退職後、構造設計事務所を開設された建築士さんでもあります。2013年に定年退職を機に土壁の家を建てたいと相談いただいたことから、家づくりのお手伝いをさせていただくことになりました。

ならやまの家がどんな家なのか一言で説明するなら、「土壁と自然素材のゼロエネルギーハウス」となります。地域材である奈良吉野・紀州の木材をふんだんに使いつつ、土壁背面に羊毛を充填し、家の断熱性を高め、冬暖かく夏涼しい、結露で困らない家を目指しました。伝統土壁を使いつつ家の断熱性能を上げ、太陽熱や太陽光を使いゼロエネルギーハウスへ。PCMと呼ばれる潜熱蓄熱材も利用し、無垢材の表面温度低下を防ぐ試みを行った事例でもあります。

和室~陽だまりスペース:夏は土壁効果でひんやり。

和室~陽だまりスペース:夏は土壁効果でひんやり。

書斎:木と土壁・漆喰で仕上げた土間空間。

書斎:木と土壁・漆喰で仕上げた土間空間。

平面計画で住まい手と一緒に悩んだのは、家の中に11mの吹矢のレーンを作る必要があったことです。実は、住まい手の奥様は、スポーツ吹矢の講師をされているそうで、生徒に吹矢を教えるということもあり、そのスペースを最優先で確保しなければいけないという難題がありました。そのうえで、日常生活に違和感なくレーンを造らないといけず、ここが計画の大きな分かれ目に。色々と模索しましたが、直線で11.4m×巾1.82mのスペースを確保しようと思うと、南に寄せて東西に長くするのが妥当だということになり、結果として、パッシブデザインとしては最適な形になりました。

リビング:吹矢レーンを11.4m確保。

リビング:吹矢レーンを11.4m確保。

性能は、UA値0.55W/m2K、Q値1.91W/m2K、ηC値1.8、ηH値3.3、一次エネ消費量設計値71.7GJ/年(低炭素基準値100.1GJ/年)です。特に注目すべきは、南面が全て開口部であるということです。床面積あたりの南面集熱開口部面積の割合は、18.1%と集熱面積が一般の住宅ではなかなか確保できない数値。さらには、これで耐震等級3が確保できているのですから、住まい手が構造設計者でなければ、この南面全面開口は成立しなかったでしょう。

集熱量は、南面全面開口にすることで確保できたため、残るは、断熱と蓄熱のバランスが重要となってきます。蓄熱要素は、木小舞土壁を使い、片面塗30mmと両面塗60mmを使い分け、LDKの壁全面に塗りました。土壁というと、家全体を土壁にしないといけないイメージがありますが、実はそうではなく、一部でも土壁を採用することで、土壁の持っている性能を効果的に発揮できます。土壁を建物全ての壁に使わず、主たる居室(LDK)を中心に採用することで、土壁の費用も低減でき、大工工事との調整もしやすく、コストパフォーマンスの高い家にすることができたわけです。

土壁に羊毛を充填し、夏の日射から土壁を保護する。

土壁に羊毛を充填し、夏の日射から土壁を保護する。

断熱は、自然素材つながりで羊毛を土壁背面に充填。その外側から透湿面材を張り、隙間を塞ぎ、耐震と断熱、防露、漏気に配慮しました。主たる居室(LDK)が一番、暖冷房を使う部屋ですので、ここを集中的に集熱、蓄熱、断熱性能を向上させることで日射熱利用によるエネルギー削減効果を狙った事例です。
一方で、南面全面開口なので、夏の日射遮蔽効果が気になるところです。ならやまの家は、日照シミュレーションで8月の上旬から中旬までLDK南面から室内に日差しが入らないよう軒の出を伸ばしました。

軒がある場合のシミュレーション

軒がある場合のシミュレーション

軒がない場合のシミュレーション

軒がない場合のシミュレーション

軒がでていないと、日射がたくさん室内に侵入してしまい、そうすることで冷房を常時運転しないといけない可能性がでてきます。地域によって、夏の日射をどの時期まで遮りたいかが違ってくるので、その時期をきちんと把握することが一番重要になります。
写真は、7月27日の様子です。日差しは、まだ室内に侵入していません。

南庭:軒を1.2m跳ね出しています。

南庭:軒を1.2m跳ね出しています。

陽だまりスペース:7月27日時点では、日射は室内に入っていない。

陽だまりスペース:7月27日時点では、日射は室内に入っていない。

シミュレーションは、実際とは違うという話をよく聞きますが、日照に関しては思いのほか合っているようです。

その地域で造られてきた家の形にはとても大切な意味があります。軒や庇がついている家が多いなら、軒庇をつけた家をつくるのが文化を継承する意味でも重要です。雨が多い地域、夏が暑い地域、雪が積もる地域、風が強い地域等、様々な要因があるので、地域性を読み取って、先人の知恵として受け継いでいかないといけないでしょう。

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toyoda_1豊田保之/トヨダヤスシ建築設計事務所代表

1974年京都生まれ。瀬戸本淳建築研究室、Ms建築設計事務所を経て、2005年トヨダヤスシ建築設計事務所開設。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。京都造形芸術大学大学院非常勤講師。一般社団法人住宅医協会理事。代々続く左官職人の家に生まれた経歴から、土壁や漆喰など左官職を生かした家づくりを行っている。

「南禅寺の家」では、(財)建築環境・省エネルギー機構主催「第5回サスティナブル住宅賞」において「国土交通大臣賞〔新築部門〕」の他、第9回木の建築賞 木の住宅賞、第7回地域住宅計画賞 地域住宅計画奨励賞も受賞している。

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