里山長屋からの便り vol.3『住まいの温熱環境を科学的に理解する時代』


今年の夏は記録的な猛暑日が続きました。3.11後の省エネ意識の高まりとともに、こうした猛暑でも電気の使用量はあがらず、太陽光発電の普及なども多少奏効し、無事のりきれたようです。

建築にますます省エネ性が求められる状況になってきています。制度的には一昨年の省エネ法改正に伴い、建築分野についても省エネ性の届け出、義務化などがだんだんすすんできています。今のところ住宅のような小規模な建築に対する規制はありませんが、近い将来ある一定基準の義務化が想定されているようです。
しかしながら、規制があるから「しかたなく」断熱性能を確保する、というネガティブな姿勢ではなく、住宅の温熱環境や省エネ性についてももう少し「科学」的な評価をポジティブにおこなっていく時代になってきています。つくる建物の性能をよいもわるいも、きちんと評価し、それに対する対策を合理的に行っていくことがますます必要になってきているのです。それが、住宅という建築の価値を高め、結果的に長寿命の建築になっていくことにある意味つながると思います。それは環境負荷、社会的ストックという両面から有効なのです。もちろん、住宅建築がもつその他の多様な価値も大事にした上で、ということは言うまでもありませんが。

現在、住宅建築においては、「外皮の断熱性能」、「日射熱取得率」、が建物の温熱環境を評価する指標として主に使われていて、その数値がよいほど、暖冷房にかかるエネルギー量が少ない省エネな建物になります。
しかしながら、住宅の造り方は非常に多様で、住まい手によっても温熱感は違ってきます。ですから、断熱性能ばかりに気をとられていると、ともすると断熱材をたくさんいれればよい、熱損失を抑えるために開口部を小さくすればよい、という画一的な造り方になってしまうのではないか、と危惧します。

ですから、できうればもう少し温熱環境についても、断熱だけではなく、多面的な評価ができるようなことができないか、と考えています。目的は「省エネ」ですから、断熱以外の方法論でも最小限度の省エネ性を確保できるルートがあればよいのですね。筆者は昔ながらの土壁の家を設計する機会があります。その家の温熱環境を計測してみると、土がもつ「蓄熱性」が効いていることがわかります。

筆者自宅。土壁や断念材の効果か、温度を計ると室内外で数℃違う。

筆者自宅。土壁や断念材の効果か、温度を計ると室内外で数℃違う。

あるいは、建物の周辺環境によっても室内温度の状況が違うことも計測するとよくわかります。すだれがあるなしでも夏の状況は変化します。なので、通風なども含めた多様な要素を同時に総合的に評価できるような、そんな設計ツールがあるといいな、と思います。しかも簡単にできることが望ましいですね。

ゴーヤがつくる日影などももっと評価する

ゴーヤがつくる日影などももっと評価する

そうした評価をする作業は、また設計者や施工者など建築の造り手の負担を増やすだけ、と怒られそうですが、やはりこれからは経験や勘だけで建築をつくるのではなく、誰もが建築の性能について同じ土俵で共有できる状況をつくっていく必要があるのではないでしょうか。
そうした多様な状況をもっと的確に把握するために、建物の温熱環境を設計段階でもっと簡易にイメージしたり、体感することはできないでしょうか?
現代は情報技術が発達してきているため、建物の環境を測定する機器だったり、事前にシミュレーションする技術などが比較的安価に手に入るようになりました。

筆者は、通販で手に入れた温湿度計と風速計、照度計が一緒になったものを持ち歩いていて、気になったときにすぐ計るようにしています。あるいは、表面温度を計測できる輻射温度計やそれを視覚的に見ることができる熱画像カメラも必要に応じて使用しています。

温湿度計と輻射温度計

温湿度計と輻射温度計

飛行機のなかで計るとなんと湿度14.6%

飛行機のなかで計るとなんと湿度14.6%

スマートフォンに設置できる熱画像カメラ

スマートフォンに設置できる熱画像カメラ

熱画像カメラで表面温度をチェック

熱画像カメラで表面温度をチェック

こうした装置やシミュレーションを通じて、建物がおかれる温熱面での状況がなんとなく把握できて、それを設計に活かすことにつながるのはよいことだと思います。これまでなんとなく勘や経験で設計していたものがもうすこし合理性をもって語ることができるようになるのです。

宇宙船が飛ぶ時代に、建築をめぐるこうした環境情報技術や温熱環境コントロール技術は他の分野に比べて、正直だいぶ差があると思います。むろん宇宙船をつくるわけではなく、建築はその地域にあった一品生産のものをつくるので、そこまで精緻な技術はもちろん不要だと思うのですが、それでもなお、最低限の情報の把握はこの時代においては避けて通れないでしょう。
むしろそうした技術を駆使することで、画一的な技術だけに頼らない多様な解決方法を想起することが可能になっていくと考えています。現在は幸か不幸か断熱技術がとても先行していますが、(むろんそれを否定するわけではありませんが、)他の多様な建築のあり方や建築文化を大切にするためにも、断熱だけに頼らない他の多様な状況をきちんと把握する武器をもつことが重要だと思います。
筆者もそうしたものを使いつつ、建築の多様な温熱環境を総合的にイメージできるような設計ツール、しかも設計者や住まい手が簡単に使うことができるものをつくることをイメージしていますが、もう少し時間がかかりそうです。

モデリングソフトで敷地の日射状況をチェック

モデリングソフトで敷地の日射状況をチェック

kinei_yamada山田貴宏(やまだ たかひろ)

早稲田大学建築学科都市環境工学修了。清水建設、長谷川敬アトリエを経て、現在ビオフォルム環境デザイン室主宰。主に国産材と自然素材を中心とした、地産地消でかつ伝統的な木の家造りを中心とした建築/環境設計を行う。パーマカルチャーのデザイン手法・哲学を背景とした住環境づくりをめざす。建物とそれを取り巻く自然/コミュニティまで含めた幅広い環境と場づくりがテーマ。
著書:「畑ついているエコアパートをつくろう」(自然食通信社 共著)、「里山長屋をたのしむ」(学芸出版社)

◇里山長屋からの便り バックナンバー
・里山長屋からの便りvol.1『夏編』
・里山長屋からの便りvol.2『冬編』
・里山長屋からの便りvol.3『住まいの温熱環境を科学的に理解する時代』
里山長屋からの便りvol.4『あたたかな住まいのなかから考えた』