奈良からの便りvol.2『ならやまの家 冬の便り』


 

トヨダヤスシ建築設計事務所 豊田です。今回は、夏の便りで紹介した「ならやまの家」の冬の様子を紹介したいと思います。
ならやまの家の概要は、夏編をご覧ください。

ならやまの家は、土壁でできた家です。ただ、昔ながらの伝統的な土壁というと、柱と土壁の間から空が見えるような、隙間風が多いとても寒い家をイメージしそうですが、そんなことはありません。土壁の背面には100mmの羊毛断熱材を充填し、冬でも最低室温10度を下回らない家を住まい手と一緒につくりました。

南面の窓を大きく確保し、冬の日射取得量を増やしている。

南面の窓を大きく確保し、冬の日射取得量を増やしている。

写真だけを見て「天井も高いし、窓も大きいし、寒いだろうな」と思ったら実は大間違いです。ならやまの家は、昨年の最も寒い日で、朝方の太陽が上った際の屋外と室内の温度差は13度もあり、朝起きたら外の気温と同じだった一昔の土壁の家ではないのです。
天井が3~4m程度あるLDKは、床と天井の温度を測ると、自然温度差で1.5度程度でした。断熱性能をあげてあげれば、上下の温度差も小さくできるわけです。

日射を取得することで、室内の土壁に蓄熱させている。

日射を取得することで、室内の土壁に蓄熱させている。

南面の大開口は、室内側の断熱ブラインドを開け閉めすることで隣家の視線や熱の損失を防いでいます。目線だけを隠して、上下を開けたり、下半分を開けたり、すべてを閉じたりと。窓が小さくなればなるほど、断熱性能はあげやすいのですが、冬の日射熱取得を効果的に利用しにくくなります。太陽の自然エネルギーをたくさん取り入れたいのであれば、できるかぎり窓を大きくとって、日中は、たくさんの熱を取り込み、夕方以降は、窓の断熱ブラインドでその熱を逃さないように閉じるのが大切です。日々の生活を楽しめる住まい手であったからこそ、この家ができあがったのです。

断熱ブラインドは、視線を遮り、窓から熱が逃げないようにするための装置。

断熱ブラインドは、視線を遮り、窓から熱が逃げないようにするための装置。

住まい手のご協力もあり、入浴時の血圧も測定してもらいました。入浴前に血圧を測り、服を脱いだ時、洗い場に入った時、入浴した時、洗い場にでた時といった具合に服を着るまで、動作ごとに血圧を測り続けてもらいました。さらに比較しやすいように、入居前の古い家(旧住宅)と、新しくなった家(新住宅)とそれぞれで測定。お手間なのに、本当に感謝です。

血圧計をお風呂場に持ち込み測定。

血圧計をお風呂場に持ち込み測定。

変化があったのは、浴槽から洗い場に出た瞬間、旧住宅は、血圧が20mmHgぐらい跳ね上がったのですが、新住宅では、その跳ね上がりが緩やかでした。やはり、寒さを感じた際に血圧があがるというのは、たしかなようで、実際に20mmHgという数値がわかっただけでも大きな収穫でした。

さて、土壁の背面に断熱材を充填した場合、家ができあがってから日々の水蒸気が土壁背面に蓄積し、木が腐るようなイメージを持たれている方が実は多いのです。そういうこともあり、土壁と羊毛断熱材間に温湿度計をセットし、水蒸気が本当に溜まってしまうのか計測をしました。さらには、今回は、住まい手が部屋で加湿器を使っていたということもわかり、その変化について分析をしてみました。

土壁と羊毛断熱材間にセットした温湿度計。

土壁と羊毛断熱材間にセットした温湿度計。

結果は、加湿器をかけても土壁と断熱材間のセンサーは安定した値を示し、水蒸気量が異常に上昇することもありませんでした。

加湿器を使った部屋の容積絶対湿度グラフ

加湿器を使った部屋の容積絶対湿度グラフ

加湿器をかけることで、室内の水蒸気量は上昇しますが、土壁と断熱材間のセンサーは反応せず。設置位置や仕上げ材の種類によっても変わるので、一概にこの結果がすべてとは言えませんが、冬期3ヶ月間のグラフを見ても、マイナス要素は見受けられませんでした。心配な方は、ぜひ実測をオススメします。

最後にエネルギー消費量の結果の分析です。住まい手から、1年分の光熱費・使用量、ソーラーの発電量と売電量を教えていただきました。結果は、66.32GJの消費に対し、太陽光発電の創エネ66.27GJでした。差し引くと、実質0.04GJの消費(99.9%削減)となり、ほぼゼロエネです(笑
H28年基準 基準値109.60GJ/年、設計値70.20GJ/年、実績値(水除く)66.32GJ/年ですので、実績値が設計値を少し下回る結果になりました。

エネルギー基準値と設計値、実績値の比較

エネルギー基準値と設計値、実績値の比較

住まい手の中には、「私は昔ながらの土壁の家でいいよ。暑さ寒さも我慢するし。薪ストーブで暖をとって、エネルギーも少なく過ごすよ。」という方も中にはいらっしゃいます。そういった方に、限られた予算を切り崩して、Q値1.0W/㎡Kの高性能な家を提供して意味がありません。設計者は、設計をするのですから、住まい手の希望する温度域に設計できる設計力を身に着けておくことが重要です。土壁に断熱材を入れるも入れないも実は自由で、入れないなら入れないなりの省エネ設計をしてあげればいいのです。数値を競うのではなく、Q値1.0W/㎡Kや2.0 W/㎡K、2.7 W/㎡K、10.0 W/㎡Kなど幅広い設計ができる設計者が今、住まい手から望まれているような気がします。

断熱効果予測を示すと、住まい手も把握しやすい

断熱効果予測を示すと、住まい手も把握しやすい

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toyoda_1豊田保之/トヨダヤスシ建築設計事務所代表

1974年京都生まれ。瀬戸本淳建築研究室、Ms建築設計事務所を経て、2005年トヨダヤスシ建築設計事務所開設。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。京都造形芸術大学大学院非常勤講師。一般社団法人住宅医協会理事。代々続く左官職人の家に生まれた経歴から、土壁や漆喰など左官職を生かした家づくりを行っている。

「南禅寺の家」では、(財)建築環境・省エネルギー機構主催「第5回サスティナブル住宅賞」において「国土交通大臣賞〔新築部門〕」の他、第9回木の建築賞 木の住宅賞、第7回地域住宅計画賞 地域住宅計画奨励賞も受賞している。

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