阿智村からの便り vol.1


 

長野県の南部に位置する長野県下伊那郡阿智村。
阿智村は、標高400m~2100mの範囲に約6800人が暮らす、典型的な中山間地域です。
潮風漂う神奈川県横須賀市から移住し、山と川と田畑に囲まれた農村で暮らし始めて5年目。最近になって徐々にではありますが、田舎で生活をするという事に頭と身体が慣れてきた、そんな気がしています。

「限界集落」という言葉が聞かれ始めてもう随分経ちますが、我が阿智村も過疎化・高齢化の進行、次世代への継承が出来なくなった農家の離農等々により、「限界」に近い集落が点在しています。

このような状況故に「集落を維持し、持続可能な村を目指すこと」が、昨今の村の最重要課題になっています。

限界集落化を予防するにはどうすればよいか。

余所から人を呼び、定住してもらえば良い。

それには住むところが必要になる。

住まい手がいなくなった空き家を利用すれば良い。

この発想が果たして「持続可能な村」に結びつく妙案かどうかの議論は置いておくとして、そんな村の移住定住政策に乗っかるように、この村での空き家暮らしが始まりました。

さて、この流れで中山間地域の現実や農村の衰退についてお話することも出来るのですが、ここでの趣旨から逸脱する恐れがあるため、今回は元空き家における暮らしと風土について触れたいと思います。

現在生活している元空き家。敷地面積約1700㎡、建物は木造平屋で築50年程度。主な仕様は以下の通りです。

図1 母屋平面図と仕様、改修項目

図1 母屋平面図と仕様、改修項目

また、放置され、建物の傷みが進んだ空き家の状態から、人がまあまあ快適に暮らせる状態にする為に、持ち主との折半で上記のような改修が必要でした。

当初行った改修項目の中に、環境共生技術の付加や省エネの為の項目はほぼありません。放置された空き家を改修する際に使えるコストは、多くの場合、最低限のインフラ整備で精一杯なのだと思います。

次に加えるとすれば、最低限の耐震改修といったところでしょうか。

とは言え、前記のような仕様の住宅で、現代のまあまあ快適な暮らしを実現したい。その為には、住まい手の工夫と努力、そして自然を楽しむ気持ちが必要になってきます。

今の時期、信州とは言え日中の気温は30度を大きく超える真夏日が続き、断熱性能の低い住宅内部の室温はぐんぐん上昇します。しかし、夕方になるとグッと気温が下がり夜間は20℃前後になります。

夕方から翌朝までの低温と涼風。これを最大限に利用しつつ、日中の猛暑をいくつかの工夫で乗り切る。これが夏の暮らしの最重要項目です。

例えば、冬の間に建物北側の竹林を整理し、春はタケノコを片っ端から掘り取ります。これも夏を過ごしやすくする為の大事な作業。放置されて竹が密集した竹やぶも、竹と竹の間隔を適正に保つ事で、風の通りを幾分か改善します。

図2 夏を過ごしやすくするための方法

図2 夏を過ごしやすくするための小さな工夫

写真1北側の竹林

写真1 母屋の北側に広がる竹やぶ

また、住宅南側の主庭兼駐車スペースは砕石下地雑草仕上げ(雑草はこま目に刈り込む)とする事で日中の熱気を蓄熱しづらく、大雨時には雨水をそこそこ浸透してくれます。

そして、夜間・不在時も含めて、適所の窓を開放し室内空気を滞留させない。これは地域のコミュニティが熟成し不審者が近づきにくい田舎ならではの荒業です。

視聴覚的な涼も夏を快適に暮らす大事な要素。

室内から見える植栽スペースには、初夏から秋にかけて涼し気なブルー系の花を咲かせる宿根草を配置。庭の片隅には大きなキンモクセイの木。その足元にはヤマアジサイとギボウシの柔らかい緑。植物は涼風を作り出す力と視覚的に涼を感じさせる力を併せ持ちます。初夏には刈り取ったラベンダーを軒下につるし、風が運んでくる爽やかな香りを楽しみます。

写真2 涼を感じるブルー系の宿根草

写真2 涼を感じるブルー系の宿根草

写真3 見た目と香りが鮮やかな軒下のラベンダー

写真3 見た目と香りが鮮やかな軒下のラベンダー

敷地周囲を流れる用水路の水音も、涼を感じさせる要素のひとつ。初夏には北側の小さな水路で数多くのホタルが飛び始めます。ホタルの光も夏の心地よい生活に貢献してくれます。

写真4 敷地北側の小さな水路に出現するゲンジボタル

写真4 敷地北側の小さな水路に出現するゲンジボタル

視聴覚的な涼で言えば、畦や庭、建物周囲の草刈りも当てはまると思います。

グングン伸びてうっそうとした雑草地、これだけでもかなり暑苦しく感じるものです。
我が家では、500㎡超の雑草地をかなりの頻度で刈り取っていますが、これには相当な労力を必要とします。それでも、涼を呼び込む為の労力対効果はかなり高いと思っています。

写真5 雑草はできるだけ背丈の低い状態に保つ

写真5 雑草はできるだけ背丈の低い状態に保つ

このように、元空き家にて、夏の暮らしの質を向上させるべく現在実践しているいくつかの工夫や対策は、どれも簡単で、ありふれていて、単独では効果の薄いものばかりですが、これらを組み合わせていくことが大きな効果を生み、田舎での生活そのものを豊かにしてくれているのだろうと信じています。

お盆が終わり田んぼの稲穂が色づき始めると、農村に待望の秋がやってきます。そして、少し厳しい冬。次回はそんな冬の季節の暮らしについてご紹介出来れば思います。

阿智村からの便り 特派員

nakajima_recent中島隆之

1975年1月神奈川県横須賀市生まれ
1997年北海道東海大学芸術工学部建築学科卒業。
設計事務所、造園会社等勤務の後、2009年横須賀市にてアトリエタムロ開設。
現在は長野県下伊那郡阿智村に移転し、主に住宅や店舗の庭づくりを行っています。