近江八幡からの便り vol.4


2013年夏号より湖国・滋賀からの便りを担当させて頂いております。近江八幡に立地する、民間の環境共生型コミュニティづくり事業「小舟木エコ村」にまつわるプロジェクト紹介を絡めながら、実践的な取組を紹介します。

冬の小舟木ミネルギーハウス 冬季、午前中の日射取得はあまり得意ではありません。

冬の小舟木ミネルギーハウス 冬季、午前中の日射取得はあまり得意ではありません。

●小舟木ミネルギーハウスのエネルギー実測値

今回は「小舟木ミネルギーハウス」が竣工後丸1年経過しましたので、CO2排出量やエネルギー消費量の実測値について紹介しようと思います。パッシブハウスやミネルギー基準に相当するの住宅の実測値公開はまだ数が少ないと思うので、参考になればと思います。
今回ご紹介する数値は、建物内に設置されているpanasonicのモニタリングシステムによる電気(総消費、発電、買電、売電)、ガス、水の2014年の年間計測データに基づいています。
(小舟木ミネルギーハウスの詳しい仕様については2014年冬号をご覧下さい。)

この冬、近江八幡では平年より早い初雪を観測し、降水量がかなり多い冬を迎えています。太陽光になかなか恵まれない日々が続いており、丁度この1月から2月にかけて最も気温が下がる時期を迎えます。

彦根地方気象台ホームページ
http://www.jma-net.go.jp/hikone/kikou/kikou.html

滋賀県の冬の気候は日本海型の北部と太平洋型の南部に大別されます。近江八幡はどちらかと言うと南部の特長が強く出ると思うのですが、至近の東近江(蒲生)のアメダスにもあるように最低気温が零下となる日が出現し、夏に紹介した「湖陸風」と呼ばれる琵琶湖への軸線に沿って吹く卓越風が北北西から吹きます。特に小舟木エコ村のように、周囲に山など風を遮るものが無い集落には強い風が吹き付けてきます。断熱や気密についての性能が快適さに大きく影響を与える地域であることは疑いありません。

この小舟木エコ村に立地する小舟木ミネルギーハウスの主な負荷別の熱源は
・給湯:太陽熱+プロパンガス
・空調:空気熱ヒートポンプ(電気)
・換気:第1種換気(顕熱交換型)
・調理:プロパンガス
となっています。

モニタリングシステムは分電盤とガスおよび水道メーターと連携し、家全体のエネルギーおよび水消費量、CO2排出量(削減量)を計測してくれています。

2014年の年間積算データを見てみると
・太陽光発電量5,401kWh(うち、売電分が3,890kWh)
・電気消費量3,880kWh
・ガス消費量93.6㎥
・水消費量183.2㎥という結果です。

太陽光発電量5,401kWh(うち、売電分が3,890kWh)

太陽光発電量5,401kWh(うち、売電分が3,890kWh)

電気消費量3,880kWh

電気消費量3,880kWh

ガス消費量93.6㎥

ガス消費量93.6㎥

水消費量183.2㎥

水消費量183.2㎥

単位量あたりCO2換算すると、排出1,916kg-CO2、削減2,322kg-CO2となります。

省CO2収支

CO2収支

 

●カーボンマイナスを達成。空調エネルギーは?

上記より、家全体としては運用段階として1年間単位でカーボンマイナスを実現していることがわかります。出力4.29kWの太陽光発電と4㎡の集熱パネルをもつ太陽熱温水器もしっかり働いてくれているように思います。

では、空調に消費したエネルギー量はどうでしょうか。モニタリングシステムの回路08(換気分)で293kWh、また回路19(暖冷房分)で1,161kWhでした。

回路08(換気分)で293kWh

回路08(換気分)で293kWh

回路19(暖冷房分)で1,161kWh

回路19(暖冷房分)で1,161kWh

以上から空調に消費した年間1,454kWhを全て購入電力で賄ったと仮定し1kWhあたり27円で計算すると、年間4万円弱で我慢することなく全館空調ができたことになります。(中間期は換気のみの運転です。)

昨年は、暖冷房用ヒートポンプの室外機の設置場所に問題があったため、冬季に本来の性能を発揮できなかったことを差し引いても、目標とする省エネ基準に即して設計/施工された建物は、期待どおりの結果が出ることが実証できたように思います。

●ドイツの研究者からの最初のアドバイス

このような結果もふまえ、私自身も世界水準の断熱気密住宅の建設することを心からおすすめします。そんな私が家づくりに臨むにあたって、協力してくれたドイツの研究者の最初のアドバイスは、「ミネルギーやパッシブハウスにチャレンジすることは価値あることだが、それが目的にならないように。あくまで目標達成の手段であることを忘れてはならない。」というものでした。これは当時の私にとって、非常に示唆に富んだものでした。

そして、家を建てる目的を改めて考えてみると、多くの方が「健康」な暮らしのため、という結論に至ると思います。住宅業界ではヒートショックをはじめ、カビやダニなどのアレルギー対策等、健康と断熱気密性能の関係性についての研究成果や話題が一般化してきました。「健康」のためにお金をかけることは納得しやすい反面、実際にかけられる予算は限られています。また事例も少なく、どの程度予算をかければ良いのかを判断することが難しいと感じられているお施主さんは多いのではないでしょうか。

●施主の立場からみた現時点の課題と注意すべきこと

そこで、施主の立場から現時点で課題と感じている事や、注意すべきことについて少し記してみます。

ひとつは冬季の乾燥です。小舟木ミネルギーハウスでは、壁に土壁、断熱材に木質繊維、気密シートに透湿防水シートと、外壁から室内まで透湿抵抗の低い素材のみで壁や屋根を構成しているのですが、室内の相対湿度は40〜45%で推移し、不足気味となりました。顕熱型の熱交換換気システムの採用が主な原因と考えていますが、調湿性能に優れた壁とはいえ、熱と同様、躯体そのものが水分を発生するわけではないことは注意すべき点です。そこで、この冬は気化式の加湿器を運転してみたところ室温21〜22℃、湿度50%付近で安定し、より低い暖房温度設定でも快適に感じるようになりました。将来的には換気システムのエレメントを全熱型に交換し、顕熱型との快適さやエネルギー消費量の比較をしたいと考えています。

ふたつめは施主のセンサー、つまり快適さの「物差し」をどうつくるか、ということです。これはより本質的な課題です。特に高水準の断熱気密住宅の設計にあたっては、家族や、施主と設計士あるいは工務店の間には、この物差しがない、もしくはあってもバラバラであるという前提にたって臨むことが重要です。

「物差し」をつくるには「快適さ」を「体験」すること。遠回りのようですが、これが一番早いと思います。私たち家族も国内外の様々な高性能住宅を主に冬場に訪問しました。有名な建築家や設計士の説明や、研究者の論文以上の説得力をもつのは、最終的に自分自身の感覚です。住宅設計の接客をしていると、性能については男性に関心の高い方が多いように見受けられますが、実際の性能に敏感なのは女性や高齢者のほうが多く、家族で訪れることも有効です。

そして現場にたって、「(表面温度+室温)÷2=20℃で本当に快適か?」など温度や湿度、建物の性能を自分自身が数値で掴むことが大切だと思います。「高断熱高気密の住宅はヒートショックを防ぎ、風邪をひきにくくなる。」といった説明はわかりやすいのですが、実際に快適かどうかは個人や年齢によっても異なりますし、机上の計算だけでは測りきれない部分があります。

その際、暖冷房を生活スタイルとセットで考えると良いと思います。例えばエアコンと温冷水ラジエーターとを比較すると、どちらも空気熱ヒートポンプを活用しており省エネ効果が期待できますが、空気をかき混ぜるのはエアコンが有利、静けさや気流感の少なさやカビの抑制ではラジエーターが有利となります。このように設備の選び方によっても快適さの質に違いが出てきます。

コストパフォーマンスに優れ計算に便利なエアコンが優秀なことに異論はありませんが、一歩立ち止まって、床暖房をはじめとした輻射暖房や薪ストーブなどのあたたかみ、換気における音や臭いの対策、日射取得に有利な広い敷地、蓄熱材料、縁側など、設備や素材、空間を使いこなす工夫、あるいは朝日を浴びて起きるなど生活の姿として、自分なりの「快適さ」の物差しを持つということが重要です。

このように「物差し」を身につける事で、断熱や気密の数値の仕様を理解するとともに、敷地や設備、全体的な家の姿を明確にすることができます。

●「物差し」の近い人と家を建てる

そうして自分と似たような「物差し」を持っているところで家をたてれば、家づくりで失敗するリスクは極めて低くなります。インターネットで検索すると、省エネ建築について大御所と呼ばれる先生から、ハウスメーカーや工務店に至るまで実に多くの建築家や設計士の方にアクセスできますが、地域からの便りでも紹介されているように、地域ごとに求められる性能や建築方法は異なります。設計士や工務店側が数値的な物差しを示せない場合は論外ですが、その地域で断熱や気密について実績を積んでいる設計士や工務店は、満足できる物差しを持っている可能性が高いのではないでしょうか。

また、地域に根ざした材料やデザイン、そして住宅が備えるべき「安心」して暮らすための知恵や工夫の蓄積については、やはりその土地に訊ねる、倣うと言う事が大切に思います。

●最後に

日本の土蔵をヒントとしたミネルギーハウスの取り組みは、上記のプロセスを試行錯誤しながら実現に至ったものです。

優れた設計士、施工会社の協力の賜物であることは言うまでもありませんが、建築家でも設計士でもないただの施主として、これから同じように施主となろうとしている方に取って「物差し」づくりの場として、少しでも役に立つ事ができればと願っております。

(小舟木未エネルギーハウスは2015年2月現在、ミネルギー・Pエコの認定手続を再開中です。)

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飯田氏近影飯田 航(いいだ わたる)
株式会社プラネットリビング勤務
1978年長野県諏訪市生まれ。東京農工大学農学部卒。卒業後「小舟木エコ村」の事業化に携わり、事業会社である株式会社地球の芽取締役を務めた後、現職。
2013年にエコ村にミネルギー基準の住宅を完成、居住中。