広島からの便り vol.1


■広島で住宅を設計すること

広島というと、温暖な気候をイメージされる方も多いと思いますが、非常に多様な気候風土から成っています。島根県境の西中国山地から瀬戸内海に向かって、高度の高い順に「山頂脊梁部」、「小起伏・緩斜面」、「山麓平坦部」の3つの地形から成り立っています。

「山頂脊梁部」は島根県側からの湿った空気の影響と瀬戸内海気候の両方の影響を受け、夏は大量の降雨、冬は1m以上の降雪があります。現在でも20か所以上のスキー場が点在します。
内陸の小起伏緩斜面は風が強く冷え込みが厳しい台地状の丘陵地帯です。
山麓平坦部は、瀬戸内海に面した平地と緩斜面からなり、温暖な気候です。

広島の地勢

広島の地勢

さほど広くないエリアに多様な気候風土が存在する広島において住宅を設計するということは、それぞれの特徴をよくとらえて建築の基礎性能を設定すること以上に、すまいの「かたち」を注意深く探ることが重要であると、三つの地域での設計経験から実感しました。

三つの地域の建築のかたち

三つの地域の建築のかたち


すまいの「かたち」1 ―呉の家―

呉市は、広島市東南部瀬戸内海に面し、その多くが斜面地に住宅が立ち並んでいます。山麓平坦部とも小起伏緩斜面ともいえない地形ですが、気候的には瀬戸内海気候で温暖です。
今回紹介する住宅は、里道に面した狭小地に建てられました。三間四方の正方形の四隅をカットした開口部をもつ三階建という、きわめて閉鎖的な表情をしています。(写真1)

写真1

写真1

■ 施主の要望
1.エアコンを付けない
2.直射日光ができるだけ入らない
3.昭和初期の木造家屋の空間

このテーマを瀬戸内海気候の地形の中でどのように形にするかを検討した結果がシンプルな筒状の「隅切りのかたち」となったのです。(写真1)

■ その理由は

1.壁率が多い(開口部が少ない)方が、熱損失が少なく、直射日光も入りにくい・・・(温熱)

2.スリット状の隅切り部から入る光量は少ないが、開口部ディテールによって、間接光として四方から空間を均一に照らすことができる。・・・(採光)

3.「隅切り」のかたちによって、対角線上に風が通り抜け、狭小間取りでありながら、開口率以上の空間的ひろがりを感じられる・・・(通風)

というものです。

■ 結果

1.1階から3階まで続く階段の1階部分に蓄熱暖房機を、3階部分にエアコン設置予定場所を設け、暖気は下から上に、冷気は上かあら下に降りるように計画しているが、いまだにエアコンなしでの生活をされていること。冬は蓄熱暖房機の熱が階段室を通じて上昇し、建物全体にいきわたること。(写真2)

写真2

写真2

2.四隅の開口部のブラインドを下げることで両脇のスリットガラスからの間接光が室内をおだやかに照らし、けっして暗くはなく、五感が四方に広がるような空間となったこと。(写真3)

150820_mukoyama005

写真3

3.落ち着いた光環境と古色の空間が、形こそ正方形の隅切りという幾何学的なかたちでありながら、「いままでここに住んでいたようです」という施主の感想にあるように、昭和の日本家屋ならぬ懐かしさをもたらしていること。(写真4)

写真4

写真4

■隅切りのかたちがもたらすもの

広島では、昼は海風、夜は山風が吹きます。この隅切りのかたちは里道や隣家との間の隙間を吹き抜けるどんな方向の風をも取り込むのに適しています(写真5)。ワンフロアが小さな一室空間ですので、隅切り部の開口部で風速が上がった風はあっという間に部屋を通り抜けてゆきます。

写真5

写真5

四隅にのみ開口部がスリット状に開けられているだけですから、大規模な平面形ではかなり閉鎖性が高まりますが、今回のような小規模の平面形の場合は、図面から受ける印象より、解放感を感じます。それも、隅切り部の窓周りの奥行き感がもたらす解放性です。

ある建主さんをこの住宅に案内したとき、最初は「少し暗いな~」と感じたようでしたが、椅子に座ってお茶を飲んでいるうちに、「なにか、じわ~っと来る空間ですね。外の風景が遠くから引き込まれてくるような」とおっしゃっていたのを思い出します。(写真6)

写真6

写真6

最後にもうひとつのエピソードを。

真夏の炎天下に、ある建築賞の審査がありました。私はこの住宅の隅切りのかたちのよさを見ていただきたくて、四隅の窓を解放しようとしましたが、奥様より「開けないでください、開けると温度が上がってしまいます」と言われました。
もちろんエアコンはありません。

「夜間に開け放して冷気をたっぷり家の中に閉じ込めているので、もったいないじゃないですか」と言われました。

なるほど、開口率が低く、気密がよく、断熱性がよい、しかし一気に内部の空気を入れ替えることのできる気積の少なさと通風力のよさは、夜間の冷気を短時間で蓄えることもできるのです。
もうひとつの「隅切りのかたち」がもたらす恩恵を、建て主さんから教えていただきました。


torumukoyama広島からの便り 特派員
向山 徹(むこうやま とおる)

1960年 山梨県生まれ
1985年 東北大学工学部建築学専攻修士課程修了
1985年 清水建設(株)設計本部
2000年 向山徹建築設計室設立
2012年 広島工業大学建築工学科 准教授

★広島からの便り バックナンバー
・広島からの便り vol.1
・広島からの便り vol.2