こんにちは、豊田です。
5月30日、赤穂市に建つ築36年の住宅の調査を行いました。
住宅の調査というと昨今「インスペクション」という言葉を耳にする機会が多いですが、巷で行われている調査診断は、中古住宅売買時の利用を前提とした調査であり、主に劣化状況を調査・報告するものとなっています。そのため、現在居住中の家をインスペクションしたとしても、例えば「基礎に0.5mm以上の亀裂がありました」といった状況報告となるため、住まい手は、このまま住み続けるとどんな問題があるのか、それが今の新築住宅と比べてどのくらいの性能になるのかなど知ることはできず求めている答えではないことが多いと聞きます。こうした声もあり、既存住宅の調査は、現況の状態を把握する検査に加え、6つの調査診断(劣化、耐震、断熱・省エネルギー、維持管理、防火、バリアフリー)を把握する見える化を行っています。特に、今回は、夏の便りということもあり、本調査内容の内、断熱・省エネルギーの調査と診断について紹介します。
調査は、実務者や学生含め精鋭10名で行いました。朝から夕方まで約5時間半かけ、室内外に加え、床下や小屋裏を隅々まで調査し家の状態を把握します。床下班は、虫や埃、カビなどを掻い潜り床と壁の断熱材や通気止めの有無を、小屋裏班は、暑さに耐えながら天井や壁の断熱材の有無を調査します。
その他の班は、室内外における省エネルギー設備の有無を調査し、ヒアリングにより現在の光熱費と使用量を把握します。光熱費と使用量は、一般世帯との比較を行うとともに、用途分解によって、暖房や冷房、給湯、照明などの消費量を導き出せるので、何が原因で消費量が増えているのかが想定できます。
調査をしてわかったのは、天井と壁にはグラスウールが充填されていましたが、床は無断熱(※1)でした。床廻りは、通気止めという観点はなく、床から天井裏まで外気が内壁を通気する構造になっており、断熱効果としてはマイナスです。窓は、アルミサッシにシングルガラスであり、当時としては一般的な仕様です。結果は図1のような熱損失割合になりました。
Q値は、5.31w/㎡K(Ua1.37w/㎡K)となり、平成4年基準より少しよい性能でした。換気損失は、既存住宅の場合24時間換気をしていない住宅が多いため無評価とし、漏気による熱損失に置き換えています。漏気量が多いと外部の熱された空気が室内に入ってくるため、冷房をかけても室温が下がりにくく、結果、エアコンの冷風を直接体に当てて体感温度を下げるような暮らしになってしまいます。漏気は、隙間が多ければ多いほど熱損失が増えるので既存住宅の評価としては現実とよく合っています。夏期の日射熱取得は、ほとんどの窓に庇がついていることが功を奏したようで、μ値0.099(ηA3.5%)となり、こちらも平成4年基準をクリアするぐらいの性能でした。
次に省エネルギー性は、「住宅・住戸の省エネルギー性能判定プログラム」により算出しました。暖房設備は、主にファンヒーター(灯油)を使用されておりプログラム上は無評価となるのが残念なところです。一方で、換気は0回評価ができるので既存住宅の評価が可能です。他の評価は新築同様なので、思っていたより既存住宅の評価が容易にできます。
結果は、952MJ/(㎡・年)と省エネ基準639 MJ/(㎡・年)より約1.5倍程度増エネと判定されました。
一番大きな要因としては、電気ヒーター温水器を使用していることによる給湯エネルギー消費の増大です。用途分解されたグラフ(図3)を見ても給湯エネルギーが突出していることから、この家の問題点は電気ヒーター温水器ということがわかります。
一方、省エネルギーの評価として効果はわずかですが、通風利用による効果も把握することにしました。通風利用は、新築の評価としては、効果が小さいので敬遠されがちですが、既存住宅のポテンシャルを把握したいということであれば必須の評価です。結果は、主たる居室が換気回数5回/h相当以上、その他の居室が0回/hとなりわずかながら通風性能を生かすことができました。夏は、冷房機器に頼りがちですが、うまく通風や蓄熱性能を発揮させることで、快適性を向上させることができます。断熱性が低い住宅は、冷房の効きが悪く通風に頼りがちとなるため、防犯性能を確保しつつ夜間の通風を効果的に発揮できる改修などは面白味があります。(図4)
7月4日、住まい手へ診断結果の報告を行いました。
性能が数値化され、現在の新築住宅や一般世帯と比較できているので、問題点の把握がしやすいとのお言葉。電気ヒーター温水器はエネルギー的には問題ですが、光熱費は一般世帯よりも安く収まっており、機器取り換え後11年目なので、他のリフォーム個所と優先順位を決めたいところです。もし、快適性を重視するのであれば、使用頻度が多い主たる居室の断熱性能の向上をはかることで、冬暖かく夏涼しい暮らしを目指し、ファンヒーターの使用頻度を減らすことで火災への配慮が行えます。夏は、エネルギー削減量の効果が低く後回しにされがちですが、昨今、温暖化の影響か夏の暑さも増しているので、通風性も考慮し、バランスよく快適性を向上させるリフォームが必要な時代になってきています。
「リフォームより新築のほうが安くできますよ」建築関係者が住まい手に説明する際に使う決まり文句です。本来、建築関係者は、家をつくり、家を治すことが仕事のはずが、家を治すことより壊すことを勧めています。家族がその家にどれだけの思い入れがあるかどうかより、安さが最優先で家づくりが左右されるのはなんだか悲しい現実です。阪神淡路大震災での木造住宅の被害を受けて、職人の技能に工学的な知見が加わり、今の現代木造住宅が築き上げられてきました。これからは、造る力に加えて治す力を養わなければいけません。
(※1 2015年にリフォームした部分は、断熱材が充填されています。)
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豊田保之/トヨダヤスシ建築設計事務所代表
1974年京都生まれ。瀬戸本淳建築研究室、Ms建築設計事務所を経て、2005年トヨダヤスシ建築設計事務所開設。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。京都造形芸術大学非常勤講師。一般社団法人住宅医協会理事。代々続く左官職人の家に生まれた経歴から、土壁や漆喰など左官職を生かした家づくりを行っている。
「南禅寺の家」では、(財)建築環境・省エネルギー機構主催「第5回サスティナブル住宅賞」において「国土交通大臣賞〔新築部門〕」の他、第9回木の建築賞 木の住宅賞、第7回地域住宅計画賞 地域住宅計画奨励賞も受賞している。
バックナンバー
・南禅寺の家Vol.1 夏の便り
・南禅寺の家Vol.2 冬の便り