アメリカからの便り vol.2


地形の中に暮らす— マリーン、ミルバレーという風景から —

現在、私はアメリカ西海岸、カリフォルニア州サンフランシスコ郊外のマリーン郡に暮らしている。

住まいのあるミルバレーは、その名の通り谷あいに形成された小さな町である。周囲を丘陵に囲まれ、谷底には道が通り、家々は斜面に沿うように建ち並んでいる。ここで暮らしていると、「地形」というものを日常の中で強く意識する。

私たちの家も、谷を見下ろす丘の斜面にある。眼下には谷から湾へと続く湿地やクリークが広がり、その先にはサンフランシスコ湾がある。

自宅よりリチャードソンベイを望む。
潮の満ち引き、海から流れ込む霧、そして刻々と風景を変える光。

ここに暮らし始めて特に興味深く感じるのは、潮の満ち引きによって、眼下の風景が刻々と変化していくことだ。

満潮になると湾からクリークを通じて水が入り込み、湿地の中に水面が広がっていく。潮が引くと水は再び湾へと戻り、湿地や水路の形が浮かび上がる。同じ場所を眺めていても、水の高さによって陸と水の境界は常に動き、そのたびに風景そのものが姿を変えていく。

そして、この潮の満ち引きという大きな自然のリズムは、単に風景を変えるだけでなく、私たちの日常の生活環境にも直接影響を与えている。

特に「King Tide」と呼ばれる非常に潮位の高い時期には、湾岸の低地に水が入り込み、高速道路の出口が冠水して使えなくなることもある。普段は道路、住宅地、湿地、クリークと、それぞれ別のものに見えている場所が、水位が少し変化するだけで突然つながり、一つの大きな水のシステムとして姿を現す。

自然と人間の生活との境界は、私たちが考えているほど明確なものではないのかもしれない。

少し視野を広げてみると、この関係はマリーンという地域全体にも見ることができる。

サンフランシスコ湾の内湾は北へと延び、その周囲には湿地帯が広がっている。そこから低地、谷、丘へと連なる複雑な地形が形成され、細かく入り組んだ地形は無数の小さな流域を生み出している。水の流れや風、植生といった自然条件が、そのまま土地の使われ方や人々の暮らし方にも現れている。

しかし、そこは決して人の手が入っていない「自然」ではない。

湿地のすぐ脇には住宅地があり、その上をハイウェイが横断する。湿地の中には、人が歩いたり自転車で移動したりするためのトレイルやボードウォークも設けられている。自然、インフラ、人の活動が切り離されることなく、一つの風景の中に重なり合っている。

King Tide時には水没し、通行止めとなる国道101号線のミルバレー/スティンソンビーチ出口。
画像出典:https://www.instagram.com/p/DR4_Gi7j5nd
(California King Tides Project 投稿:2025年12月6日 @californiakingtides
普段はサンフランシスコへの自転車通勤にも利用される水辺のトレイルも、King Tide時には湾の一部となり、陸と水の境界が消える。そこをカヤックで楽しむ人々。
画像出典:California King Tides Project
(撮影:2024年2月10日 マリン郡ミルバレー / Bothin Marsh)
普段の水辺の風景。自転車道の向こうには水上飛行機や、湾に浮かぶハウスボートが見える。ここでは水の上もまた、陸の延長のように日常の暮らしに使われている。

都市生態学者のMarina Albertiは、都市を自然と人為が混ざり合った「ハイブリッドなエコシステム」として捉えている。この考え方は、私がここで日々目にしている風景を理解する上で、とても腑に落ちる。

自然の中に人間の活動が入り込んでいるのでも、人間がつくった都市の中に自然が残されているのでもない。その両方が互いに影響し合いながら、常に変化する一つの環境を形成している。

この土地で印象的なのは、人々が地形や自然を一気に制御しようとしてこなかったことだ。谷底には道が通り、家々は斜面に沿って少しずつ配置されている。水の流れや地形を完全につくり替えるのではなく、その条件の中に人の営みが時間をかけて染み込んできた。その積み重ねが、現在の風景をつくっているように見える。

高速道路や住宅地、湿地、水路、そして湾。インフラと暮らし、自然が複雑に重なり合う。その関係そのものが、ミルバレーの風景をつくっている。

一方で近年、気候変動によってその関係は大きく揺らぎ始めている。海面上昇や降雨パターンの変化によって、高い潮位と強い雨が重なった時に何が起きるのかは、ここで暮らす私たちにとっても身近な問題になっている。

しかし、こうした変化を単純に環境の「崩れ」と捉えてよいのだろうか、とも思う。

自然はそもそも固定されたものではない。潮によって水際が動き、雨によって水の流れが変わるように、環境は常に変化している。むしろ私たち人間の側が、ある時点の状態を「正常」と考え、それが続くことを前提として都市や暮らしをつくってきたのかもしれない。

そう考えると、気候変動の時代に問われているのは、変化を止めることだけではなく、変化する環境と人の暮らしとの関係を、どのようにつくり直していくのかということなのだと思う。

この地で暮らして感じるのは、風景が単なる自然現象の「結果」でも、誰かが一度に「デザイン」したものでもないということだ。

道をどこに通すのか。
水をどこまで受け入れ、どこから防ぐのか。
自然にどこまで委ね、どこから人が介入するのか。

そうした一つひとつの判断と、長い時間の積み重ねが、私たちがいま目にしている風景をつくっている。

ランドスケープをデザインするということも、こうした自然と人との関係に、どのように介入するかを考えることなのだと思う。「何をつくるか」だけではなく、「何を残すのか」「何を受け入れるのか」、そして「変化することをどこまで許容するのか」。それらはすべて、同じように重要なデザインの判断である。

人と自然との境界を固定するのではなく、その関係が変化し続けるための余地を残すこと。

眼下の湿地では、今日も潮の満ち引きによって、水と陸との境界が動き続けている。

ランドスケープとは、完成した一つの状態をつくることではなく、変化し続ける自然と人との関係を、時間の中でデザインすることなのだと思う。

湾と湿地がつくる水辺の風景。
変化し続ける自然とともに暮らすことも、ミルバレーの日常の一部。

著者近影(AkiOmi)

オウミ アキ / AKI OMI
office ma代表・クリエイティブディレクター。16歳で渡米後、30年以上にわたり米国を拠点に活動。ハーバード大学デザインスクール修士課程修了。
現在は東京にも拠点を置き、ランドスケープを軸に都市・建築・開発を横断し、「間(ma)」の思想を手がかりに場づくりを実践している。
office maWEBサイト www.office-ma.com

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アメリカからの便り vol.1